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千葉地方裁判所 昭和62年(ワ)79号 判決 1989年5月30日

反訴原告

市原健

反訴被告

石井清治

主文

一  反訴被告は、反訴原告に対し、金五四万九七一〇円及びこれに対する昭和六〇年三月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その四は反訴原告の負担とし、その余は反訴被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  反訴被告は、反訴原告に対し、金四一九万四七二五円及び内金三七九万四七二五円に対する昭和六〇年三月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は反訴被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  反訴原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は反訴原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故の発生

反訴被告(以下「被告」という。)は、反訴原告(以下「原告」という。)との間に次の交通事故を発生させた。

(1) 日時 昭和六〇年三月四日午後六時二〇分頃

(2) 場所 千葉県茂原市高師三三九番地先路上

(3) 加害車両 被告運転の普通乗用車ニツサンガーゼル(千葉五八も九五三六号)

(4) 被害車両 原告運転の軽貨物自動車スズキキヤリイ(千葉四〇か七一三六号)

(5) 態様 被告は、加害車両を運転中、踏切が開くのを待つて一時停止中の原告運転の被害車両の後部に自車を激突させ、被告車両を停止位置から七メートル前方の地点まで押し出した。

(6) 車両の破損 本件事故の結果、被害車両は、後部車幅灯、制動灯が破損してコードで車体にぶら下がる状態になつたほか、後部エンドパネル、更には車体本体部分の燃料タンクまで凹損した。加害車両は、フロントバンパー、フード、左右フロントフエンダー、ラジエーターを損傷し、運転不能となつた。

2  責任原因

被告は、前方の安全を確認して運転する義務があるのに、カセツトテープ入替え作業のため前方注視を怠つた過失により、停止中の被害車両に加害車両を追突させたものであるから、民法七〇九条によつて原告が受けた損害を賠償する責任がある。

3  損害

(1) 原告は、本件事故により頸部捻挫の傷害を負つた。

(2) 右受傷による損害額は、次のとおりである。

<1> 医療費 金一五五万二九六〇円

(内訳)

昭和六〇年三月五日から同月一六日まで長生内科神経内科医院に通院(実日数四日)した治療費三万一四四〇円

昭和六〇年六月一日から同六二年三月七日まで大塚胃腸科医院に通院(実日数一四八日)した治療費七四万三一二〇円

昭和六〇年三月一四日から同六一年一一日五日まで吉田整骨院に通院(実日数二七三日)した治療費七七万八四〇〇円

<2> 休業損害 金四万九八二〇円

原告は、水道メーター交換業を営み、本件事故の前年である昭和五九年度には三六三万六八九九円の所得があつたから、その平均日収は九九六四円であるところ、本件事故により昭和六〇年三月五日から同月九日まで五日間休業を余儀なくされたので、四万九八二〇円の休業損害を被つた。

<3> 逸失利益 金七九万三六二五円

原告は、昭和六二年三月六日後頭部、頂頸胸背部、両肩上腕に疼痛、鈍痛を残す状態で症状固定し、少なくとも労働能力の五パーセントを失つた。労働能力喪失の期間は、昭和六〇年三月一〇日から症状固定の日の三年後である同六五年三月五日までである。これをホフマン方式によつて算出すると、逸失利益は七九万三六二五円となる。

(三、六三六、八九九×〇・〇五×四・三六四三=七九三、六、二五)

<4> 慰謝料 金二二〇万円

<5> 弁護士費用 金四〇万円

4  損害の填補

原告は、被告から右損害金のうち八〇万一六八〇円の支払を受けた。

5  結論

よつて、原告は、被告に対し、右損害金合計四九九万六四〇五円から既払額八〇万一六八〇円を差し引いた残額である四一九万四七二五円及び内金三七九万四七二五円に対する昭和六〇年三月四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(1)ないし(4)の各事実は、いずれも認める。同(5)の事実中、本件事故の態様が一時停止中の被害車両に加害車両が追突したものであることは認めるが、その余は否認する。本件事故による加害車両、被害車両の破損の程度は極めて軽微なものであつて、衝撃によつて七メートルも前方に押し出した等という事実は不存在である。警察においても物損事故扱いとさえなつているところである。同(6)の事実は否認する。加害車両は、前部バンパー等破損により修理費用一四万六六一〇円を要し、被害車両は、後部エンドパネル等破損により修理費用二万四三〇〇円を要したに過ぎない。

2  同2の事実は認める。

3  同3(1)の事実は否認する。本件事故は、極めて軽微な追突であり、これによつて原告が受傷する可能性は皆無である。同(2)<1>ないし<5>はいずれも否認する。原告は、賠償請求の目的で通院を継続していたものである。また、仮に、原告の愁訴たる頸部捻挫が本件事故により生じたものと仮定しても、全く他覚的異常所見が認められない状況からすれば、長くとも一カ月の通院以上を要することはあり得ず、その余の原告の通院は、本件事故と因果関係がないものというべきである。

4  同4の事実は認める。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりである。

理由

一  請求原因1(1)ないし(4)の各事実、同(5)の事実中、本件事故の態様が一時停止中の被害車両に加害車両が追突したものであること、同2の事実及び同4の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、本件事故の態様及び反訴原告の受傷の有無ないし程度について判断する。

右争いのない事実に、成立に争いのない甲第二号証の三、第三号証の一及び三、第五号証の三、第六号証の一ないし六、第七号証、第一一号証、乙第一ないし第三号証、第八号証、第九ないし第一三号証、第一九、二〇号証、原本の存在、成立ともに争いのない甲第八、九号証、第一〇号証の一、二、第一二号証の一ないし一二、乙第四ないし第七号証、第一五、一六号証、第二一号証、反訴被告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第二号証の一、第四号証、第五号証の一、二及び四並びに反訴原告(後記採用しない部分を除く。)、及び反訴被告各本人尋問の結果を総合すれば、次の事実が認められる。

1  本件事故は、昭和六〇年三月四日午後六時二〇分頃、千葉県茂原市高師三三九番地先路上で発生した。被告は、加害車両を時速三〇キロメートルないし四〇キロメートルの速度で原告運転の被害車両の約五メートル後方を追従して進行中、事故現場の直前において前方を注視しないでカセツトテープを操作し、再び前方を見た際、被害車両のブレーキランプが点灯しているのを発見し、急ブレーキをかけて停止しようとしたが間に合わず、踏切渋滞のため停止中の被害車両の後部に自車の前部を追突させた。その際、原告は、前方の踏切が開いたためクラツチを踏んでギアを入れ、発進しようとしている状態であつた。追突により、被害車両は、「ドカン」という衝撃音とともに若干前に押し出され、(七メートル前方に押し出されたとする原告本人尋問の結果は、にわかに措信し難い。)、原告がブレーキを踏んだため停止したが、加害車両との間には約一メートルの間隔が生じた。追突の衝撃により、原告は頭部、頸部をヘツドレストに打ちつけ、胸部をシートベルトで締めつけられ、被害車両の助手席にあつた弁当箱及びポツト、ダツシユボード下の棚にあつたライターが、それぞれフロアに落下した。被告は、直ちに下車して原告に対し「カセツトを入れ替えている間に追突してしまつた。」旨を述べ、双方の車体を点検した。被害車両は、尾灯と車幅灯が割れてコードで下にぶら下がる状態となり、リアエンドパネルが曲がり、燃料タンクにも多少傷がついた。加害車両は、フロントバンパー、ナンバープレート、フードが湾曲し、左フロントフエンダー前部が凹損し、右前照灯及びラジエーターが破損し、ラジエーターから水が漏れる状態となり、走行不能となつたためレツカー車で移動された。また、被告は、警察に連絡を取り、原告とともに実況見分に立ち会つたが、原告は、その際特に怪我をした様子を見せなかつたため、本件事故は物損事故として処理された。更に、原告と被告は、被害車両の修理費については被告が負担することで合意した。

2  本件事故後の原告の症状は、次のとおりであつた。すなわち、原告は、本件事故直後は痛みを感じなかつたが、翌五日朝起きると後頭部、頸部に激痛を覚え、首が前後左右に曲がらなくなつたため、長生内科神経内科医院に赴き、診察を受けたところ、外傷性頸部症候群と診断され、同月一六日までの間(実治療日数四日)局所の注射、湿布、鎮痛剤等の服薬等の治療を受けた。しかし、レントゲン検査によつても頸椎部に著変がなく、異常は認められなかつた。また、原告は、首の屈伸、回施時痛、左右肩背部の筋硬結感を訴え、同年三月一四日から同六一年一一月五日までの間(実治療日数二七三日)吉田整骨院において、頸部捻挫との診断のもとに、温熱波、低周波、マイクロ超短波療法、頸部牽引療法、マツサージ等の物理療法による治療を継続的に受けた。更に、原告は、前記症状が軽快しなかつたため昭和六〇年六月一日から大塚胃腸科医院において診察を受けたところ、頸部捻挫と診断され、頭部圧痛、牽引試験では陽性であつたが、頸部レントゲン写真その他の検査では、異常所見が認められなかつた。原告は、昭和六二年三月六日までの間(実治療日数一五〇日)同医院において牽引療法、温熱マツサージ牽引療法等の理学的療法による治療を受けるとともに、鎮痛、抗炎症剤、筋弛緩剤、鎮痛消炎剤、精神安定剤、ビタミン等の投与を受けた。原告は、昭和六〇年六月四日から胃の不調を訴え出したため、同医院の医師は、鎮痛剤の副作用を防止するため胃腸薬(シボネート)を投与し続けた。

なお、被告が加入していた任意保険の調査員は、昭和六〇年六月二七日原告宅に赴き、同人から事情聴取を行つたところ、原告が吉田整骨院と大塚胃腸科医院を平行して受診していることが判明したため、同人を説得し、即日吉田整骨院への受診を打ち切る旨の同意を得たが、原告はその後も同医院への通院を継続し続けたものである。

原告は、現在でも天候により首筋から腕にかけて痛みが発症する旨を訴えている。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

ところで、原告の前記症状のうち、後頭部痛、頸部痛、両肩部痛、首の屈伸、回施時痛、左右肩背部の筋硬結感等の自覚的愁訴は、客観的、他覚的所見としては裏付けが乏しいものの、医師により外傷性頸部症候群ないし頸部捻挫と診断されたものであり、本件において原告の訴える右症状が詐病であると認めるに足りる証拠はないから、本件事故が存在する以上(弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一号証によれば、技術士林洋は本件事故を自動車工学的に検討すると、原告に頸部捻挫が生じるとは考え難い旨の鑑定を行つているが、右鑑定は加害車両に生じた有効衝突速度を時速五キロメートルと仮定し、これを前提として被害者に生じる頸部負荷トルクを計算しているところ、前記認定に係る加害車両の進行速度、被害車両との車間距離、急制動した場合の一般的空走距離、加害、被害両車両の破損状況等にかんがみると、有効衝突速度が時速五キロメートルであつたとは考え難いから、右鑑定結果は採用し難い。)右各傷害との間には因果関係が存するものというべきである。

しかしながら、他方、いわゆる交通事故による鞭打ち症のうち、レントゲン撮影で頸椎損傷の認められない頸椎打撲ないし外傷性頸部症候群は、被害者の身体的、精神的要因によつて発症の形態が異なるばかりでなく、被害者の性格、家庭的、社会的、経済的条件、加害者に対する感情等の諸要因が複雑に作用し、治癒を遷延させる例があることは、当裁判所に顕著な事実であるところ、<1>前記認定に係る本件事故の態様、被害車両の状況、傷害の部位、内容等に比較して原告の治療期間は二年余りと相当長期に及んでいること、<2>前掲各証拠によれば、原告は元来胃腸が丈夫でなく神経性胃炎を起こし易い体質であることが窺われ、そのため損害が拡大した面があることは否定できないこと、<3>前掲各証拠によれば、原告は知人が交通事故の後遺症に悩まされた例を経験し、自分も後遺症の発現を非常に懸念していたうえ、加害者である被告の態度に不満を抱いていたことが窺われること、<4>前掲各証拠によれば、原告は朝起きた際症状の出現が激しいと訴えながら、ほとんどの場合午後四時三〇分ころから治療に出かけていた事実が認められるうえ、同様の治療法を行う二箇所の医院に平行して通院していたものであること等の諸事情に照らすと、前記症状は原告の特異な性格、体質に起因するところが多いうえ、原告の回復への自発的意欲の欠如と誇大な愁訴によつて治療が長期化したものといいうべきである。したがつて、右のような事情のもとでは、本件事故による受傷及びそれに起因して生じた損害全部を被告に負担させることは公平の理念に照らし相当ではなく、民法七二二条二項の過失相殺の規定を類推適用して、本件に現れた諸般の事情を考慮したうえ、本件損害のうちの五割を被告に負担させるのが相当である。

三  次に、原告の損害について検討する。

1  治療費

原告は、前掲乙第三号証によれば前記長生内科神経内科医院に通院した治療費として三万一四四〇円を、前掲乙第一〇ないし第一二号証によれば、前記大塚胃腸科医院に通院した治療費として七四万三一二〇円を、前掲乙第五ないし第九号証によれば、前記吉田整骨院に通院した治療費として七七万八四〇〇円をそれぞれ支出し、合計一五五万二九六〇円を治療に要したものと認められる。

2  休業損害

官署部分の存在、成立は当事者間に争いがなく、その余の部分の存在、成立は原告本人尋問の結果により認められる乙第一四号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は水道関係の工務店を営み、本件事故の前年である昭和五九年度には三六三万六八九九円の年収があつたこと、したがつて、その平均日収は九九六四円(円未満切捨て)であること、原告は本件事故により少なくとも五日間の休業を余儀なくされ、四万九八二〇円の休業損害を被つたことが認められる。

3  後遺症による逸失利益

本件全証拠によるも、原告に本件事故による後遺障害が存することを認めるに足りないものというべきである。

4  慰謝料

前記認定に係る原告の傷害の部位、程度、通院経過等一切の事情を勘案すると、原告の傷害による慰謝料は、八〇万円とするのが相当である。

5  損害の小計

以上の損害額を合計すると。二四〇万二七八〇円となるところ、前記二説示のとおり被告は右のうち五割の限度で賠償責任を負うものと解すべきであるから、その額は一二〇万一三九〇円となる。

6  損害填補

原告が被告から本件事故による損害金として八〇万一六八〇円の支払を受けていることは、当事者間に争いがない。そうすると、被告が原告に対し賠償すべき損害は三九万九七一〇円となる。

7  弁護士費用

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、被告に負担させるべき弁護士費用は一五万円が相当である。

四  以上によれば、原告の本訴請求は、前記損害額三九万九七一〇円に弁護士費用一五万円を加算した五四万九七一〇円及びこれに対する本件事故の日である昭和六〇年三月四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小磯武男)

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